
漫画「ニセモノ皇女の居場所はない」は原作oaen先生、漫画LOGO先生の作品でピッコマで配信されています。
今回は「ニセモノ皇女の居場所はない」116話を読んだので、見どころやネタバレ込みあらすじ、考察予想や読んだ感想をご紹介します。
ユースティスは気づいていた。それに気づかされた今、フィローメルは彼の元を去るしかなく・・・。
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ニセモノ皇女の居場所はない116話の注目ポイント&考察予想
愛するイザベラを失い失意のユースティスは、彼女と似ておらず彼女が望まぬ名を与えたフィローメルを愛することはできずにいました。
でもようやく愛とは何か分かり始めたと思ったら。
このまま別れるのが愛・・・?
ニセモノ皇女の居場所はない116話の一部ネタバレ込みあらすじ
娘の名はフィローメル
16年前、お腹にいる娘の名前付けに悩んでいたイザベラ。
候補として挙げていたのは彼女が好きな花の名前、フィローメルとエレンシア。
ユースティスは自身の権力でミドルネームだって自由にできるのだからどちらもを選べばいいと提案するも、イザベラが選んだのはエレンシアでした。
一日花であるフィローメルの花言葉は大切に娘に付けるには躊躇するものだったから。
常に権力争いに巻き込まれてきて家族の愛というものが分からずにいたユースティスとしてはどちらを選ぼうともどちらでもよく、娘の名はエレンシアに決まったのです。
生まれてきたわが子をどう愛せばと悩むユースティスに自分が教えてあげるからとニッコリ笑ってくれたイザベラでしたが、故郷に帰った彼女は冷たく物言わぬ姿になって戻ってきました。
大切なイザベラをそのようにした者たちはもちろん、付き添った者たちも憎ければ送り出した自分自身も憎い。
荒れるユースティスの目の前にポルランは娘を、皇后陛下が最後まで守り抜いた皇女を連れてきます。
初めて見た我が子はイザベラとも全く違う髪色で、ユースティスはイザベラが決めたエレンシアはなくフィローメルの名をその娘に付けたのでした。
少しずつ分かってきた親の愛
それから数年経ちすくすくと大きくなっていく娘ですが、親の愛を教えると言ってくれた存在がいない中でユースティスはその子を愛せずにいました。
妻に似ていたならもっと愛せたかもしれないけれど妻とは全然違う。
いつしか愛を与えることはあきらめたユースティス、その代わりにと欲しいものはなんでも買ってやって。
それでも変わらず愛を求めてくる我が子にいらだちを覚えるユースティスです。
自身の欠陥があらわにされるような、そんな感覚が嫌でしょうがなかった。
でもあの日の夜、フィローメルの言葉に彼女に対する見方を変えることとなったのでした。
更に数年、イザベラを失った穴は埋まらないままのユースティス。
一方でフィローメルは有望な後継者として育っていって、いつしか彼は彼女がまともな人生を歩むことで自身も新たな人生を生きているような達成感が味わえるのではと考えるようになっていました。
完全なる自己満足です。
でもそのおかげで徐々にアルコールの量も減りまともな生活が戻ってきて、フィローメル自身のことを考えられるようになったのです。
何度も追いかけてきてくれた彼女、それだけ寂しかったのだとその気持ちを与えたのは自分だと改めて自覚するユースティス。
誰に似ているかとか関係なくなり一緒にいても嫌ではなくて、イザベラが言っていた親の愛というものが数年かけて少しずつ分かってきて、欠けていた部分は満たされて行きました。
子どもに付けるべきではなかった花の名
ようやく分かってきたのに、フィローメルはもうすぐ魔塔に行きます。
子どもにあんな花の名をつけるべきではなかったとつぶやくユースティス。
雨の降る中で皆と正門でお別れしているフィローメル、二度と会いたくないと言った彼女の最後の願いくらいは叶えてやるべきで、モヤモヤと考えるユースティスと降り続く雨、そして・・・。
ニセモノ皇女の居場所はない116話の感想&次回117話の考察予想
イザベラがいればきっと幸せな親子となれていたはずで、父もまたさまざまな思いを抱えていたのですね。
フィローメルという名にそのような意味があったとは。
このまま別れても互いに後悔するだけ、それよりも父娘でぶつかってほしいです。
まとめ
今回は漫画『ニセモノ皇女の居場所はない』116話の見どころやネタバレ、感想をご紹介しました。
ざっとストーリーをまとめると・・。
- 愛するイザベラには似ても似つかなかった娘、イザベラが避けたフィローメルの名をユースティスは与えたのでした。
- 何年もの時を経て、ようやくユースティスもイザベラが教えたかった親の愛というものが分かってきて欠けていた部分も満たされて行くのです。
- 魔塔へと向かうフィローメル、二度と会いたくないという願いを叶えてやろうと思いながらも娘にあんな名をつけるべきではなかったと改めて感じるユースティスです。